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上野焼の白い器(その一)

「白」のコラムブログ雑賀歯科便り

知人の歯科医院の近くの上野焼の窯元で購入した白い器。

使ってこそいっそう美しい「用の美」を備えた一品。

素朴さの中にも上品さを感じさせるその白さに美しさを感じさせます。

上野焼(あがのやき)とは福岡県の伝統的工芸品の一つ。

豊臣秀吉の時代に茶道具として作られたのが始まりです。徳川時代になると

遠州七窯の一つとして選ばれるほどに、茶器としての知名度が高く完成度の

高い作品が多くありました。

ですが、明治時代に入ると、廃藩置県によって窯が閉鎖され

一時期途絶えたかのように・・・。

その後、明治35年に田川郡の補助を受け復活し、今に至っています。 

茶陶として発展した上野焼は、他の陶器類と比較して、極めて軽く、

薄づくりであるという特徴を持っています。五感に心地良い、土の持つ

素朴さ、力強さの中に「薄づくり」の上品さを秘めたその特徴現在にも

受け継がれています。 (上野焼協同組合HPより引用) 

 

秋の散歩道で見つけた季節の実りを、素朴で暖かな器に

盛り付けてみました。

自然との調和が栄えるからこそ、上野焼は長く愛されて

きたのでしょうね。

どんぐりは縄文時代から食べられてきた食材

どんぐりというと、秋になるとリスが冬眠する前に食料として蓄える

というイメージがあるかもしれません。

 

実はどんぐりは人間も食べることができるもので、日本でも稲作が

始まる以前の縄文時代ではどんぐりが主食となっていた時代もありました。

縄文時代は、狩猟や魚をとるといったことと同じくらいに、どんぐりなどの

木の実を採集することが食生活に直結していました。どんぐりの採集は

魚をとる、獣をとることにくらべると、木に登ることもなく安全に収穫する

ことができ、保存もできるという意味では、縄文時代には貴重な食糧でも

ありました。

粉にして焼いたり、お米が無い時代ながらおかゆや雑炊のような

食べ方をしていたとされています。縄文時代の遺跡からは、たくさんのどんぐりが

みつかっています。 

 

稲作が始まる以前の縄文時代では、炭水化物としてイモ類も食べられていたようですが、

イモよりもどんぐりの方が長期保存が可能で、たくさん収穫して穴に貯蔵して

保存していたと考えられています。

どんぐりは苦味、渋みがあってそのままでは食べにくいものです。

食べやすい種類としてはアクの少ない種類で、スダジイ、マテバシイといった

「椎の実」といわれるものが食べるどんぐりとしておすすめだそうです。